「ルネサンス」という語
ルネサンス Renaissance という語は「再生」(re- 再び + naissance 誕生)を意味するフランス語で、19世紀のフランスの歴史家
ジュール・ミシュレ/ミシュレが『フランス史』第7巻(1855年)に‘Renaissance’という標題を付け、初めて学問的に使用した。続くドイツの
ブルクハルトによる『イタリア・ルネサンスの文化』Die Kultur der Renaissance in Italien(1860年)によって、決定的に認知されるようになった概念である。
ルネサンスに相当する言葉はすでに16世紀から用いられており、
ジョルジョ・ヴァザーリの『
画家・彫刻家・建築家列伝』に現れた rinascita(再生)の語に直接的な起源があると思われるが、「再生」という意識そのものは、はやくも
ダンテ・アリギエーリ/ダンテや
ペトラルカの著作に見られる。
ところで、論者によってルネサンスの定義は、しばしば大きく異なる。文化運動を指す場合と時代区分を指す場合でしばしば混乱が生じる(例えば
ルネサンス音楽の項目を参照)。ブルクハルトの時代には、ルネサンスは極めて明瞭に区分できると思われていたが、その後、特にゲルマン系学者による中世の再評価が行われた結果、ルネサンスを特徴づけると考えられていた事象(
古典古代の文化の復興が最たるものである)の多くが、中世にも存在していたことが明らかになった(
12世紀ルネサンスなど)。また、ルネサンスの時代にも、占星術や魔術など甚だ非理性的・非科学的な思考が多く残存していることも明らかにされた。これらによって、中世とルネサンスを明確に峻別することは困難になったのである(中には、「ルネサンス」の存在そのものを否定する研究者もいる)。ルネサンスが
近代の始まりなのか、それとも
中世の範囲になるのか、という点についても論議が続いている。
ただし、14-15世紀にイタリアを中心に大きな文化運動が起こり、各国に影響を及ぼしたこと自体を否定する論者はいない。本項では、古代ギリシャ・ローマの文献の再発見による学問・知識の復興であり、またヨーロッパにおける文化の再生でもあると捉えておく。
イタリアの歴史中世・ルネサンス/イタリア・ルネサンスの時期としてはおおむね14世紀中頃の
ペスト流行以降、1600年、宇宙の無限性を唱えた
ジョルダーノ・ブルーノ/ブルーノ火刑のあたりまでが想定されるだろう。
ギリシア哲学、イスラム科学との関係
=中世=暗黒時代観=
従来の一般的な見方は次のようなものである。およそ1000年の間の純粋キリスト教支配のもと、西ヨーロッパ圏では古代ローマ・ギリシャ文化の破壊が行われ、多様性を失うことにより、世界に貢献するような文化的展開をすることはできなかった。こうした見方はルネサンス以前の中世を停滞した時代、
暗黒時代とみなすものであるが、現在では古典古代の復興はイタリア・ルネサンスより以前にも見られる現象であることが明らかにされている。
9世紀
フランク王国の「
カロリング朝ルネサンス」や、10世紀
東ローマ帝国の「
マケドニア朝ルネサンス」および帝国末期の「
パレオロゴス朝ルネサンス」、
西ヨーロッパにおける「
12世紀ルネサンス」などがあり、これら(複数のルネサンスとも呼ばれる)についてはそれぞれの項目で述べる。
=イスラム科学との関係=
ギリシアをはじめとする古典的な知の遺産は、そのほとんどがごく短期間のうちにアラビア語に次々と翻訳され、初期のイスラム文化の発達に多大の貢献をもたらしたのだが、そうした知識の継承が一段落ついたかと思う間もなく、新たな翻訳の時代がその幕を明けた。古典的な文献とイスラムの哲学者や科学者たちがそれに加えた注釈が次々とラテン語に翻訳されたことによって、西ヨーロッパの人たちはイスラムが継承、拡充した古典をラテン語で読むことができるようになった。翻訳作業の大半は、イスラム圏とヨーロッパ大陸を繋ぐ中継基地としての役割を担っていた、イスラム支配下のスペインにおいておこなわれたのだが、この作業には、それぞれ出身地を異にするイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒など、数多くの翻訳者集団が参加した。社会と経済の発達の重要性を痛感していた西洋の社会は初期のイスラム社会と同じように、とりわけ、医学をはじめとする科学的な知識を必要としていた。
アリストテレスが魂について哲学的考察を加えた『
霊魂論』(これにはイスラムの哲学者
イブン・ルシュドが注釈をつけている)、
イブン・スィーナーが著した『医学典範』、哲学者であるとともに医師であった
アル・ラーズィーが著した『アル・マンスールの書』は、いずれも15世紀から16世紀にかけて翻訳されたのだが、これらの作品は、西洋の学生たちにとって必読書であった。ルネサンス期のヨーロッパの学者たちは、膨大な百科全書的なギリシアーイスラム文献に取り組み、こうした文献は、最終的には、あらゆるヨーロッパの言語に翻訳され、印刷技術の飛躍的な革新によってヨーロッパ全土に普及した。
[ハワード・R・ターナー、久保儀明訳「図説科学で読むイスラム文化」青土社、2001年 (ISBN 4791758641)]
ルネサンス史
ルネサンスは、西欧世界の進行方向を決定付けるような、文化史・
精神史の上での一大事件であった。まず、イタリア・ルネサンスと呼ばれる事象の興り・発展・終焉、次に、イタリア以外での西欧諸国のルネサンスの受容と発展の様相を見る。
イタリア
File:Firenze.PalVecchio05.JPG/thumb/200px/ルネサンスの中心都市であったフィレンツェ
ルネサンス(イタリア語で'''リナシメント''' ''rinascimento'')は
北イタリア、
フィレンツェなど
地中海貿易で繁栄した
トスカーナ地方の諸都市を中心に、教会や
イスラム世界、
東ローマ帝国の保存していた古典文化の影響を受けて
14世紀頃にはじまった、というのが一般的な理解である。
その先駆者とされるのは神聖ローマ帝国皇帝の
フリードリヒ2世 (神聖ローマ皇帝)/フェデリコ2世(1194 - 1250年)である。フェデリコ2世はローマ教皇と敵対し十字軍との戦いでギリシャ、ローマ文明の取り入れが失敗に終わる。その後フィレンツェ出身の詩人
ダンテ・アリギエーリ/ダンテ(1265 - 1321年)が政敵によってフィレンツェを追放され、流浪の生活の中で代表作「
神曲」を完成させた。古代ローマの詩人・
ウェルギリウスが地獄・煉獄巡りの案内人として登場し、主人公が地獄・煉獄から魂の浄化を経て天国へ昇ってゆくという内容であり、ローマの古典文学とキリスト教による救済との調和を図った一大叙事詩である。続いて
ペトラルカ(1304年 - 1374年)は古典古代の時代こそ人間性が肯定されていた理想の時代であり、中世(キリスト教公認以降の
ローマ帝国が衰退した時代)を
暗黒時代と考えた。ペトラルカは古代の文献を収集し、ラテン語による詩作、著述を行ったが、このように古典の教養を持ち、人間の生き方について思索する知識人を
人文主義者(Umanista ウマニスタ)と呼ぶようになった。また、
1453年の
コンスタンティノープルの陥落(
東ローマ帝国滅亡)の前後には、東ローマから多数の知識人がイタリアへ亡命してきた。末期の東ローマ帝国では古代ギリシャ文化の研究が盛んになっており(
パレオロゴス朝ルネサンス)、彼等が携えてきた古代ギリシャ・ローマの書物や知識は古代文化の研究を活発化させた。人文主義者の一人、
マルシリオ・フィチーノ/フィチーノ(1433年 - 1499年)は
メディチ家の
プラトン・アカデミーの中心人物で、プラトンの著作を翻訳した。
イタリアは古代ローマ帝国の文化が栄えた土地で、古代の遺物も多く、彫刻家、建築家らはこれらから多くを学ぶことができた。建築の分野では
フィリッポ・ブルネレスキ/ブルネレスキがルネサンスの建築家の始めとされる。ブルネレスキは当時困難とされていた、フィレンツェ大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)に大ドームをかけるという課題に合理的な解決をもたらし、世の賞賛を浴びた。中世の職人とは異なる、高い教養と科学的知識を持つ
建築家の誕生である。「人間はあらゆるものになる可能性を持っている」と説いた人文主義者
レオーネ・バッティスタ・アルベルティ/アルベルティは建築論と実作、絵画論など多くの分野で業績を挙げており、ルネサンスの理想である「万能の天才」の一典型とされる。また、
ミケランジェロ・ブオナローティ/ミケランジェロ、
レオナルド・ダ・ヴィンチ、
ラファエロ・サンティ/ラファエロはそれぞれ絵画、建築、彫刻など多方面での才能を発揮した。
芸術表現の特徴としては、
画像:Lorenzo de' Medici-ritratto.jpg/thumb/200px/right/フィレンツェ・ルネサンスの黄金時代を築いたロレンツォ・デ・メディチ
音楽の分野での「
ルネサンス音楽」という用語は、単にルネサンス期に作られた音楽という意味合いが強く、実際に音楽家たちが「復興」を意識するようになったのはルネサンス末期である。16世紀後半
フィレンツェ、
ジョヴァンニ・デ・バルディ伯をパトロンとして、
カメラータと呼ばれる研究グループが結成され、「古代ギリシア音楽の復興」を目指す試みがなされた。主要なメンバーは、
ジュリオ・カッチーニ、
リュート奏者
ヴィンチェンツォ・ガリレイ(科学者
ガリレオ・ガリレイの父)、
ピエトロ・ストロッツィである。彼らは従来の
ポリフォニー音楽では均整の取れた美しさと引き換えに歌詞が聞き取りづらいことを批判して、より人間の感情を強調できる
モノディ様式とよばれる独唱のスタイルを生み出し、その成果は
バロック音楽への発展に繋がった。また、カメラータの活動に刺激された同時代の作曲家は、ギリシア悲劇を思想上の範として
オペラを創出し、
ヤコポ・ペーリの『ダフネ』(確認できるうちでは最古のオペラ)や、
クラウディオ・モンテヴェルディの『
ポッペーアの戴冠』といった傑作が生まれた。
イタリアでルネサンス文化が開花したのは、フィレンツェ、ミラノ、ローマ、ヴェネツィアなどの都市である。学芸を愛好し、芸術家たちを育てた
パトロンとして、フィレンツェの
メディチ家、ミラノの
スフォルツァ家などが知られている。15世紀末には
サヴォナローラの改革によりフィレンツェの芸術は衰退し、フランスとの抗争でミラノのスフォルツァ家も追放された(1515年)が、ローマでは
ローマ教皇/教皇による
サン・ピエトロ大聖堂などの建設が行われ、多くの芸術家を集めることになった。
ローマ略奪(1527年)によりローマは一時荒廃したが、
ヴェネツィア共和国や
トスカーナ大公国(フィレンツェ)で美術の隆盛が見られた。
ルネサンスの時代は明るい時代ではなく、ペストの流行や(
ニッコロ・マキャヴェッリ/マキャヴェッリが『
君主論』を著したことで知られるように)政争、戦乱の続く波乱の時代であった。文化を享受していたのも宮廷や教皇庁など一部の人々に過ぎず、魔術や迷信もまだ強く信じられていた。
ルネサンスのイタリアは文化の先進国としてヨーロッパを近代に導く役割を果たしたが、国内は教皇領や小国に分裂し、また
イタリア戦争後は外国の勢力下に置かれたため国家統一が遅れ、政治・社会の近代化では立ち遅れる結果になったのである。
1600年には宇宙の無限性を唱えた
ジョルダーノ・ブルーノ/ブルーノが異端として火刑に処せられた。イタリアにおいては自由な科学研究も困難な状況であることが示され、ルネサンスの時代は終焉を迎えたというべきであろう(
ガリレオ・ガリレイの項目も参照。なお、17世紀のローマはカトリック教会を中心に
バロック美術の時代に入り、直ちに文化的に不毛な状態になったわけではない)。
その他の西欧諸国のルネサンス
ファイル:Van Eyck - Arnolfini Portrait.jpg/thumb/アルノルフィーニ夫妻像/アルノルフィニ夫妻の肖像、ヤン・ファン・エイク、1434年
一般に、
15世紀末から
16世紀には、程度の差はあるが、ルネサンスの文化はアルプス以北の西欧や一部東欧諸国にも波及したと考えられている(
北方ルネサンス)。しかし、ルネサンスを社会形態まで含めた総体的運動として捉えた場合、ルネサンスは本質的にイタリア固有の現象であって、
絶対王政が確立しつつあった西欧諸国にルネサンスを認めない立場もある。
以下に、一般に「ルネサンス」と評される各国の文化を挙げる。必ずしも古典の復興を目指したものとは限らないが、イタリア・ルネサンスに触発され発達したものや、明らかに中世文化とは異なる特徴を持つものなどが含まれる。これらは一時的な流行、単なる模倣に留まらず、各国の国民文化の核にもなっていったものである。
;
ネーデルラント
1384年から1477年まで
ブルゴーニュ公爵領ネーデルラント/ブルゴーニュ公領であった
フランドルでは、毛織物工業と貿易が活発であり、豊かな文化が花開いた。
絵画 - 15世紀の
フーベルト・ファン・エイク/フーベルト、
ヤン・ファン・エイク/ヤンのファン・エイク兄弟が油絵の技法を完成させ、いち早くルネサンスの到来を告げている。このころの
初期フランドル派/ネーデルラント絵画はイタリア・ルネサンスと並び立つ水準にあり、むしろイタリア絵画に大きな影響を与えるほどであったが、16世紀頃には逆転し、イタリアを手本とするようになった。
ピーテル・ブリューゲル/ブリューゲル(1525年? - 1569年)もイタリア旅行をした後、独自の農村風景画を描くようになった。ただ、初期フランドルの絵画には古典の復興という要素がないため、中世末期の美術と見なす説もある。
思想 - 新約聖書をギリシア語から翻訳した
デジデリウス・エラスムス/エラスムス(1466年 - 1536年)が
人文主義者として著名である。古代ギリシア語研究は、キリスト教を原点に遡って再検討することにつながり、次第に中世カトリックの権威を揺るがすものとなった。エラスムスは『
痴愚神礼賛』でカトリックの堕落を風刺したが、
宗教改革運動を起こした
マルティン・ルターとは袂を分かった。
音楽 - ネーデルラントの顕著な文化活動に、音楽の勃興と隆盛があった。
;
フランス王国/フランス
16世紀はイタリアの先進文化が伝えられ、国王の文芸保護政策もあって文化活動が活発になり、フランス・ルネサンスの時代といわれる。(
ジュール・ミシュレ/ミシュレ『フランス史』)
絵画 - イタリアに侵攻した
フランソワ1世_(フランス王)/フランソワ1世の時代(
イタリア戦争の項を参照)にレオナルド・ダ・ヴィンチが宮廷に招かれ、イタリアのルネサンス美術が伝えられた。その後も
ロッソ・フィオレンティーノらがイタリアから宮廷に招かれ、
マニエリスムの影響を受けた
フォンテーヌブロー派が活躍した。
文学 - ギリシャ古典を研究した
フランソワ・ラブレー/ラブレー(1483年 - 1553年)は『
ガルガンチュワとパンタグリュエル/ガルガンチュワ物語』を著した。荒唐無稽な巨人の物語であるが、既成の権威を風刺した内容で、
活版印刷で刊行され、禁書処分を受けるが広く読まれた。このほか、16世紀中頃には
ピエール・ド・ロンサール/ロンサールなど古典文学を学んだ若い詩人ら(
プレイヤード派)が文学運動を起こした。またアリストテレスの演劇論などが影響を与えた。これらの動向は、17世紀のフランス古典主義文学(
ピエール・コルネイユ/コルネイユ、
ジャン・ラシーヌ/ラシーヌなど)に継承されていった。
思想 -
ユグノー戦争期に生きた
ミシェル・ド・モンテーニュ/モンテーニュ(1533年 - 1592年)はフランスのルネサンス期を代表する思想家といわれ、
ルキウス・アンナエウス・セネカ/セネカらの引用と自己の考察を綴った『
エセー』(随想録)で知られる。
;ドイツ
絵画 -
アルブレヒト・デューラー/デューラー(1471年 - 1528年)が有名である。イタリア旅行を経て、ルネサンス絵画に学び、思想的にも深みのある表現に達した。銅版画の「メランコリア」や油彩の「四人の使徒」などの宗教画がよく知られている。
思想 - ルターの
宗教改革はルネサンスの
人文主義者による聖書の原典研究が進んだことが背景にある(前述)。
;
イングランド
一般にイングランドにおけるルネサンスの最盛期は16世紀の
エリザベス朝で、
清教徒革命/ピューリタン革命(1642年 - 1649年)によって幕を下ろしたとされる。
文学 -
ジェフリー・チョーサー(1340年 - 1400年)が
ジョヴァンニ・ボッカッチョ/ボッカッチョの影響を受け『
カンタベリー物語』を著している。その後、
エリザベス朝期には古代ギリシャ以来とも言われるほど演劇が盛んになり、古代ローマの思想家でもある
ルキウス・アンナエウス・セネカ/セネカの書いた『オイディプス』等の悲劇が英語に翻訳され、大きな影響を与えた。イングランドの後期ルネサンスを代表する劇作家
ウィリアム・シェイクスピア/シェイクスピア(1564年 - 1616年)の存在もこの流れの中にある。ただし、シェイクスピア自身はラテン語・ギリシャ語についての知識はあまりなく、イタリアを舞台にした劇を書いてはいるが、実際に訪れたことはない。
思想 - 『
ユートピア』で知られる
トマス・モア(1478年 - 1535年)はイングランドの代表的な人文主義者であり、フィチーノの著作に影響を受け、エラスムスと交友を持つ。また、
フランシス・ベーコン_(哲学者)/フランシス・ベーコン(1561年 - 1626年)はセネカの思想の影響を受け、『随想録』を執筆した。
;スペイン
絵画 -
エル・グレコ(1541年 - 1614年)が知られる。
クレタ島出身のギリシャ人でヴェネツィア・ローマを経てトレドに移り住む。
マニエリスムの影響を受けながらも、独自の神秘的な画風を築いた。
文学 - 小説家
ミゲル・デ・セルバンテス/セルバンテス(1547年 - 1616年)は、スペインのエラスムス主義者フワン・ロペス・デ・オーヨスの弟子であり、20代初めにローマで
枢機卿に仕え、イタリアの先進文化にふれた。1605年に出版された「
ドン・キホーテ」は当時ベストセラーになり、現在では「近代小説の始まり」と評価されている。
俗語で書かれた文芸作品も多く(「神曲」、「デカメロン」、「カンタベリー物語」、「ガルガンチュワ物語」、シェイクスピアの戯曲、「ドン・キホーテ」など)、各国の国語が形成されていった時期に重なっている。一方、各国の知識人が交流する上で、中世以来の国際語であったラテン語の役割も見逃せない。例えばネーデルラントのエラスムスとイングランドのトマス・モアはラテン語という共通語があったことで、思想的な交友を持つことができた。
なお、建築の分野については、イタリアで生まれた
ルネサンス建築が規範となり、他の国にも普及していった。古典様式をいかに理解し消化するかが課題となり、それぞれの国で特色ある様式が生まれた(
北方ルネサンス建築の項を参照)。ルネサンス以降、古代ギリシャ・ローマを範とする古典主義建築が正統的な建築様式と見なされるようになり、20世紀に至るまで権威を保った。
ギャラリー
Image:Botticelli-primavera.jpg/『プリマヴェーラ』 サンドロ・ボッティチェッリ/ボッティチェッリ
(1477-8年頃、ウフィツィ美術館)
Image:Sandro Botticelli 046.jpg/『ヴィーナスの誕生』 サンドロ・ボッティチェッリ/ボッティチェッリ
(1483年頃、ウフィツィ美術館)
Image:Leonardo da Vinci (1452-1519) - The Last Supper (1495-1498).jpg/『最後の晩餐 (レオナルド)/最後の晩餐』 レオナルド・ダ・ヴィンチ
(1495-8年、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 (ミラノ)/サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会)
Image:Mona Lisa, by Leonardo da Vinci, from C2RMF retouched.jpg/『モナ・リザ』 レオナルド・ダ・ヴィンチ
(1503-6年、ルーヴル美術館)
Image:David von Michelangelo.jpg/『ダビデ像 (ミケランジェロ)/ダビデ像』 ミケランジェロ・ブオナローティ/ミケランジェンロ
(1501-4年、アカデミア美術館 (フィレンツェ)/アカデミア美術館)
Image:God2-Sistine Chapel.png/『システィーナ礼拝堂天井画』 ミケランジェロ・ブオナローティ/ミケランジェンロ
(1508-12年、バチカン宮殿)
Image:Raphael - Madonna dell Granduca.jpg/『大公の聖母』 ラファエロ・サンティ/ラファエロ
(1504年、ピッティ宮殿ピッティ美術館/ピッティ美術館)
Image:Raffael 058.jpg/『アテナイの学堂』 ラファエロ・サンティ/ラファエロ
(1509-10年、バチカン宮殿)
Image:Titian Bacchus and Ariadne.jpg/『バッカスとアリアドネ』 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ/ティツィアーノ
(1520-3年、ナショナル・ギャラリー (ロンドン)/ナショナル・ギャラリー)
Image:Pieter Bruegel d. Ä. 014.jpg/『農民の踊り』 ピーテル・ブリューゲル/ブリューゲル
(1568年、美術史美術館)
Image:Giuseppe Arcimboldo - Summer, 1573.jpg/『夏』 ジュゼッペ・アルチンボルド/アルチンボルド
(1573年、ルーヴル美術館)
Image:El Greco 057.jpg/『受胎告知』 エル・グレコ
(1590-1603年、ブダペスト西洋美術館)
ルネサンス期に活躍した人物
画像:Giovanni Boccaccio 1449.jpg/thumb/150px/right/ボッカチオ(1449年の絵画)
画像:Possible Self-Portrait of Leonardo da Vinci.jpg/thumb/150px/right/万能人と呼ばれているレオナルド・ダ・ヴィンチの自画像
商業・経済
メディチ家
ロレンツォ・デ・メディチ
思想
ニッコロ・マキャヴェッリ/マキアベリ 『
君主論』
人文主義者の項も参照
文学
ダンテ・アリギエーリ トスカナ地方の俗語で『
神曲』を著し、標準イタリア語の基礎を築いた
ペトラルカ 古典文学の研究、
マルクス・トゥリウス・キケロ/キケロを賛美した
ボッカチオ 『
デカメロン』
アリオスト 『
狂えるオルランド』
美術
ジョット・ディ・ボンドーネ/ジオット
サンドロ・ボッティチェッリ/ボッティチェリ
ドナテッロ/ドナテルロ
レオナルド・ダ・ヴィンチ
ミケランジェロ・ブオナローティ/ミケランジェロ
ラファエロ・サンティ/ラファエロ
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ/ティツィアーノ
ジュゼッペ・アルチンボルド/アルチンボルド
音楽
ルネサンス音楽/ルネサンス期の器楽曲・声楽曲は、イタリアよりブルゴーニュ、
フランドルが中心であった。イタリアではルネサンス後期に至ってようやくパレストリーナが登場した(
ルネサンス音楽の項目を参照)。
ギヨーム・デュファイ フランドルのカンブレ出身で、20代・30代の大半をイタリアで過ごす。のちカンブレに戻り、ブルゴーニュ楽派の中心になる。
ジョスカン・デ・プレ
ジョヴァンニ・ダ・パレストリーナ/パレストリーナ
カメラータ - 16世紀後半に
フィレンツェで結成されたグループで、「古代ギリシア音楽の復興」を目的とした。主要メンバーは、
ジュリオ・カッチーニと
ヴィンチェンツォ・ガリレイ。
ヤコポ・ペーリ - 古代
ギリシア悲劇を範に取り、
オペラを創出。
クラウディオ・モンテヴェルディ - ルネサンス後期〜バロック初期の最も重要な作曲家の一人。『
ポッペーアの戴冠』は初期
オペラの最高傑作の一つとされる。
建築
フィリッポ・ブルネレスキ/ブルネレスキ
レオン・バティスタ・アルベルティ/アルベルティ
ドナト・ブラマンテ/ブラマンテ
ミケランジェロ
アンドレア・パラーディオ/パラディオ
脚注
参考図書
ヤーコプ・ブルクハルト 『
イタリア・ルネサンスの文化』
柴田治三郎訳、(
中公クラシックス全2巻、
中央公論社、2002年)
『イタリア・ルネサンスの文化』 新井靖一訳 (筑摩書房、2007年)。
インドロ・モンタネッリ、ロベルト・ジェルヴァーゾ共著 『ルネサンスの歴史』 (
中公文庫 上・下)
樺山紘一 『ルネサンスと地中海』(世界の歴史16・中公文庫)
ピーター・バーク 『ルネサンス』 亀長洋子訳(ヨーロッパ史入門)
岩波書店、2005年
『原典 イタリア・ルネサンス人文主義』 (
池上俊一監修、
名古屋大学出版会、2010年)
関連項目
ルネサンス美術
ルネサンス音楽
ルネサンス建築
ルネサンス文学
イスラム文化
イスラム科学
メディチ家
イタリア・ルネサンス年表
ビザンティン文化
ルネサンス解消論
マニエリスム
晩期
ゴシック
外部リンク
http://www.rensoc.org.uk/ Society for Renaissance Studies
http://www.italyguides.it/us/florence/florence_italy.htm Virtual travel of Florence Italy
http://www.all-art.org/history214_contents_Renaissance.html History of Art:Renaissance Art Map
http://www.vam.ac.uk/vastatic/microsites/british_galleries/bg_styles/Style01a/index.html Renaissance Style Guide
http://www.museobagattivalsecchi.org/defaultall.htm The Bagatti Valsecchi Museum
Category:ルネサンス/
Category:イタリアの歴史
Category:オランダの歴史
Category:イギリスの歴史
Category:ヨーロッパの文化史
Category:ヨーロッパ史
Category:西洋美術史
Category:文化史
Category:技術史
Category:フランス語の語句
af:Renaissance
als:Renaissance
an:Renaiximiento
ar:عصر النهضة
arz:عصر النهضه
ast:Renacimientu
az:İntibah dövrü
bat-smg:Renesansos
be:Адраджэнне
be-x-old:Адраджэньне
bg:Ренесанс
bn:রেনেসাঁস
br:Azginivelezh arzel
bs:Renesansa
ca:Renaixement
ceb:Renasans
ckb:ڕێنیسانس
cs:Renesance
cv:Чĕрĕлӳ
cy:Dadeni Dysg
da:Renæssancen
de:Renaissance
el:Αναγεννησιακή τέχνη
en:Renaissance
eo:Renesanco
es:Renacimiento
et:Renessanss
eu:Pizkundea
fa:رنسانس
fi:Renessanssi
fiu-vro:Renessanss
fo:Renessansan
fr:Renaissance artistique
fur:Rinassiment
fy:Renêssânse
ga:An Renaissance
gd:Ath-bheòthachadh
gl:Renacemento
he:רנסאנס
hi:पुनर्जागरण
hif:Renaissance
hr:Renesansa
hu:Reneszánsz
hy:Վերածնունդ
ia:Renascentia
id:Abad Renaisans
is:Endurreisnin
it:Rinascimento
jv:Abad Renaisans
ka:რენესანსი
kk:Қайта Өркендеу Дәуірі
ko:르네상스
la:Renascentia litterarum
lb:Renaissance
li:Renaissance
lt:Renesansas
lv:Renesanse
mk:Ренесанса
ml:നവോത്ഥാന കാലം
mr:युरोपीय प्रबोधनाचा काळ
ms:Zaman Pembaharuan
my:ဉာဏ်သစ် အရေးတော်ပုံ
mzn:رنسانس
nds:Renaissance
nds-nl:Renaissance
new:मऱुमलर्च्चि (सन् १९९८या संकिपा)
nl:Renaissance
nn:Renessansen
no:Renessansen
oc:Renaissença
pl:Renesans
pms:Arnassensa
pnb:رینیساں
注目キーワード
広島
経堂
亀戸
高校
熊本
春日
ドゥミ
大橋
静岡
浦安
リゾート沖縄
スポーツクラブ
西国分寺
南光台
熱田
北砂
蕨
山形
熊本南
春日部
久宝寺
港南中央
大分
エレクトロニクス
東伏見
佐世保
北戸田
水戸
浦和
野田
香椎
港南台
小幡
甚目寺
長岡
住道
長崎
徳山
広島ボールパークタウン
小倉
文学の先駆者で、『神曲』『新生』などを手掛けたイタリアの詩人は誰でしょう?
青砥
玉島
両国
姫路
緑井
豊中
医療
松本
国立